2010年4月17日

【indig/Env】 生物多様性と先住民族(9)

先住民族の10年News』連載「生物多様性と先住民族」第9回の原稿を公開します。
紙面ではリンクのURLも明記されています。連載第8回までは、小生の公開サーバにアップしてあります。


生物多様性と先住民族(9)ITを薬籠にいれた森番

 先月、京都大学で開かれたシンポジウム「コンゴ盆地森林居住民の文化と現代的課題」に参加した。森の狩猟採集民ピグミーの研究で有名な市川光雄さんの退官記念に開催されたもので、アフリカ中央部の熱帯雨林の人類文化と生態系との関係を調査している研究者が大勢集まった。
 筆者はアフリカには全く土地勘のない人間で、熱帯林研究についても素人にすぎないが、それでもこのシンポに足を運んだのは、ジェローム・ルイス博士が参加すると主催者から教えてもらっていたからだった。ジェロームとは面識はなかったものの、先住民族支援と生物多様性保全とを実践的にリンクさせた彼の仕事には以前から注目していた【註1】。シンポで彼の講演【註2】を聴き、そのあと個人的に意見交換することができた。その知見を交えて、生物多様性保全戦略への地元共同体の参加と技術支援のあり方について、考えてみたい。

■強いられる非持続的な開発

 アフリカ中央部の熱帯雨林地帯(広義のコンゴ盆地)は、狩猟採集、焼畑移動農耕、小規模漁撈など、生物多様性と密着して暮らす人々がいると同時に、猛烈なスピードで伐採が進むなど、生物多様性破壊の最前線でもある。東部(とくにルワンダ)と南部(とくにカタンガ)では複雑な内戦や抗争が長年続き、人々の暮らしと自然環境に大きな負荷がかかっている。
 大規模伐採を進める主要な勢力は欧米に本拠をおく多国籍企業であるが、その木材の多くが辿りつくのは欧米よりもむしろ中国・日本である。内戦地域では武装勢力の資金源として密伐や無秩序な鉱山開発が横行する。
 ジェロームが指摘していたのは、世銀・IMFの「構造調整プログラム」の影響である。途上国の財政を強引に「自立」させる施策として、コンゴ盆地の豊富な森林資源“活用”が先進国や国際機関から強く要請され、コンゴ(旧ザイール)やカメルーンの中央政府から発行される伐採許可証は激増している。国連のミレニアム開発目標(MDG)ですら伐採林業を奨励している。要は木材輸出で外貨収入を得るのだが、森の住民にとっては生存の危機である。

■脅かされた「知的優位」

 熱帯林の伐採とひとくちに言っても、経済性の高い樹種を確保したり、伐採キャンプのロジを整えたり、搬出ルートを効率よくするためには事前の現地調査が必要となる。以前であれば、コンゴ盆地の深いジャングルに案内人なしに踏み込むことは考えられなかった。
 アフリカ中央部の各地に居住するピグミー諸民族は、森のガイドとして定評があった。狩猟採集を通じて森の隅々まで熟知した彼らは、行政官、宣教師、人類学者、探鉱師など様々なヨソ者を森に案内してきたが、ジェロームが講演で述べたように、誰をどこに案内するか/しないかは(案内される側がそれに気づくかどうか別として)ピグミー側がある程度コントロールすることができた。実力行使でヨソ者を拒絶しようとしても、武力的・政治的に圧倒的に弱いピグミーは逆に蹴散らされてしまう。森を知り尽くしているという「知的優越」こそが自分たちの領域を守る有効な武器であったのだ。
 全地球測位システムすなわちGPS登場で、この状況が一変する。ナビや携帯でお馴染みの、あのGPSである。衛星写真の利用が簡便化したことも相まって、ヨソ者たちはもはや森の民を雇わなくても森の奥深く分け入って、思いのままとまではいかずとも、地元民の「非協力」など気にかけず勝手な「調査」をすることが技術的に可能となったのである。
伐採企業の請負人たちはGPSを最大限活用して着々と踏査を進め、構造調整の大義名分のもと政府から大盤振る舞いされる伐採許可を競ってとりつけていった。

■森の民がITを手に

 危機感を抱いたピグミーたちが強く意識したのが「地図のちから」であったとジェロームは指摘する【註3】。自分たちしか知らないはずの森なのに、政府の役人や伐採業者や人類学者は、みな何種類もの地図を持ってきて、自分たちの欲しいものがどこにあるのか、そこに書き入れていく。役人が地図に線を一本ひいて示すと、自分たちはそこから先に行くことが許されなくなってしまったりする。
 2003年、ジェロームが環境NGO【註4】の協力のもと、カメルーン南部のバグエリ・ピグミー(BaGyeli, BaKola)にGPS機材を提供し、彼ら自身に森の地図を描いてもらうプロジェクトを開始したとき、森の民には「地図を描くちからを自分たち自身が手に入れなければ森が守れない」という思いがすでに熟していたかのようであった。
 GPS機材の近年の小型化・簡便化には瞠目すべきものがある。ジェロームらはこれに、IT経験のない人でも簡単に操作できるアイコン型のインターフェイス(註3参照)を組み合わせることで、森の民に優れた闘いの手段を提供したのである。現在カメルーン各地で、バーカ・ピグミー(Ngola Baka他)はじめ地元住民がGPSを手に熱帯林をパトロールしてまわり、要所要所で情報入力し、それらを自動的に地図化していくプロジェクトが展開している【註5】。
 狩猟採集民が自分たちの土地をGPS探査することで、まず第一に、違法伐採の場所と実態が確実に記録されるようになった。業者が指定された伐採区の外側でも操業している場合が多いことが明らかになった。許可条件に反する操業実態(樹齢の若い樹を伐ったり、丸太を現地選別して搬出しないものを放置したり)も判明した。製材した板に産地を不実記載しているケースも具体的に把握された。
 また、狩猟採集民の活動(移動)範囲を精確に地図に投影することができるようになり、政府が策定する国立公園や保護区などとの位置関係や開発動向との関係が明確かつ迅速に把握できるようになった。これによって、ピグミーの土地権主張は原理的正当性に加えて、戦略性を伴うようになった。
 GPSを携えたピグミーたちの見回りによって解明された伐採実態は、政府が言い訳程度に設ける森林保護区や動物保護区などのパッチ状のゾーンが、生物多様性保全上ほとんど効果を持たないという重要な事実をも物語っている。

【註1】ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の社会人類学講師(日本でいう「教授」にあたる)。ラジカル人類学者集団(RAG)の中心人物のひとり。IWGIAやMRGIなど先住民族支援の国際組織との連携をとりつつアフリカ中央部(ルワンダ、両コンゴ、カメルーンなど)で狩猟採集民の実地調査を続けている。オンライン雑誌『Before Farming』の編者としても活躍。WWFなど一部の国際NGOが先住民族の権利を無視した環境保護プログラムを展開することに対する厳しい批判者としても知られる。今回の講演でもカメルーンの事例としてWWFの雇ったエコ警備員(武装民兵)によるピグミー迫害を非難していた。

【註2】 Jerome Lewis, 2010, Pygmies and the GPS in Central Africa: what has happened and where is it leading? 京都大学アフリカ地域研究資料センター国際シンポジウム「コンゴ盆地森林居住民の文化と現代的課題」2010年3月13日、京都大学稲森財団記念館。


【註4】Forest People’s Programme (FPP)、Centre pour l’environment et développement (CED) など。

【註5】最近では、ピグミー自身が入力項目の提案やアイコンの意匠を考えるようになったとのこと。資金はNGOの支援や英国外務省や欧州連合からの助成金が充てられているという。

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