2010年10月30日

【Env/Indig】生物多様性条約COP10 最終全体会の様子


昨夜(2010年10月29日)から本日未明におよんだ生物多様性条約COP10(名古屋会議)の最終全体会のライブ中継を見ながら、連続ツイートしました。
以下その採録です。

なお、細川のききとりは、英語・スペイン語については FLOOR 音声を、フランス語・アラブ語については英語の同時通訳チャンネル ENGLISH 音声を聞きながらツイートしました。

同時並行して、NACS-Jさんのツイート、CBD市民ネットさんのツイート、IIFB(生物多様性に関する国際先住民族フォーラム)さんのツイートも流れており、若干、内容にくいちがいがあります。今後検証しますが、お気づきのことがありましたら、ぜひご指摘ください。

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【10月29日金曜 23時すぎより】

#COP10 最後の全体会の生中継を固唾をのんで見守る。ABS議定書、戦略計画、資金メカニズムの3題議案が残る。EUはパッケージでの一括採決を要求。キューバ・ボリビア・エクアドルは、まず交渉が完了しているABS議定書からの採択を要求。議長はEUを説得できず。いったん議長団協議。

「3題議案」じゃなくて「3大議案」です。失礼! 議長は「合意確認」と「正式採択」という2段手続き論で議事を進めようとしているが、3議案のあいだのリンクを認めるかどうかという厄介な蛇をつついて出してしまったように思える。

#COP10 松本議長の玉虫色作戦に、キューバが反撥。スイスが、ABS議定書の合意を後にまわす提案。議長は明確に対応せず。

韓国が助け船を出し、まずABS議定書から合意確認する方向で議事動き出す。キューバとベネズエラが、採択を容認するものの内容に合意できない部分があることを公式に議事録に残すよう要請(ベネズエラは「自然を商品に変える」ことに原則反対の立場)。リベリアも同様の要請。議長、要請を受諾。

#COP10 ボリビアも議定書案の内容に不満であることを表明。資源と知識の守り手は先住民族であることを強調。大きな変革の時期にさしかかっているが、協調して未来に進むことも必要。採択を妨げないが、不満表明を公式に記録してほしいと要請。議長、受諾。

ウクライナが中欧・東欧諸国(CEE)を代表して、議定書内容と採択に支持表明。議長は、まず(議定書案への)「合意確認」を議場に求めたが、通訳がadopt(採択)と訳してしまったので一時混乱が生じる。玉虫色のつなわたりゆえ。
【★ここで議定書が採択されたと勘違いしてツイートした人が多かったようですが、この時点ではまだ採択されていません。】
【★このとき、同時通訳(日 → 英)の方が機転をきかせて「翻訳のミスです」と繰り返し言ってくれたので場は凌げたが、通訳は松本大臣の言い間違いをそのまま正確に訳したまで。通訳者の名誉のために記しておきます。】

#COP10 戦略計画(L44文書)の「不合意」部分の審議に移る。ノルウェーから修正文言の提案。保全数値目標は、陸(内陸水域ふくむ)17%、海域は10%が提案される。資金目標については「見直し条項」を導入。ブラジルはtarget16の達成期限を早めることを要請。

#COP10 次に、資源動員・財政改革(L46とL45文書)について、担当部会のメキシコ・ノルウェー共同議長より、論点と修生案の報告。豪州より、資源動員達成の評価基準について文言確定の提案。COP11への先送りに解釈されないよう留意点を述べる。EU同意せず。

#COP10 ナミビア、ブラジル、スイスがEUに同調し、議長はその線での合意を宣言。より意欲的な文案で確定。ボリビアが別の点での文言を提案。議事がやや混乱。ボリビア発言がハンマーダウンの後だったとしてL45採択を議長が宣告。

#COP10 議長はL46に進もうとするが、ボリビアは納得せず。議長は発言を記録に残すことでやや強引に議事進行。L46担当の共同議長メキシコから交渉経緯の説明続く。

#COP10 L46文書にはWG2で合意に至らなかったとして、メキシコは不採択を提案。キューバ、オーストラリアらが同意。議長は不採択を宣言。ふたたびボリビア発言。

#COP10 ボリビアはL45への追加提案が木槌の前であったと再び主張。議長は、提案内容を記録にとどめることで乗り切ろうとする。キューバはボリビア提案を支持し、エクアドルも共同提案者なので、3ヶ国に支持があると指摘。議長に善処を要請。松本議長、電池切れの様子。

#COP10 ブラジル、ウルグアイが、ボリビア提案の精神が生物多様性条約の方向性にかなったものであることを表明。松本議長は「記録にとどめる」で乗り切ろうとするも、立ち往生。やれやれ。

#COP10 松本議長、ボリビアにあらためて提案を述べるよう指示。財政計画について、締約国そのほかの全ての当事者が意見を述べる機会を来年6月までに設けるということ。議長は、ボリビア提案の文言をL45文書に含めることを宣言。

これで戦略計画と財政メカニズムの審議が終了したので、議長があらためてL43revすなわちABS議定書修生案の「正式採択」をはかり、異議無しで採択。会場大きな拍手。25時29分頃。そして戦略計画と財政メカニズムについても正式採択。三大議案が決着。

ついで、TKに関するL7文書、CEPAに関するL32文書を次々採択。8条j項に関する作業計画(L39)、そのほかいくつかの決定案を淡々と採決。ブラケの処理について事務局案を了承。

#COP10 さきほどのボリビア提案は、要するに、気候変動に関して開催したコチャバンバ会議のようなものを生物多様性に関しても開催すべきという考え方に立ったもんで、ラジカルな提案である。松本議長はどうもその意味を理解できなかったようです。

#COP10 次期(COP11)の開催国はインドであることが決定済みだが、開催都市については決定から外すことを確認。これはインドがちゃんとその旨、発言していたのに、議長がそれを無視して原稿棒読みしたことによって生じた混乱。

マラウィ、マレーシア、EU、ナミビアなどから、外交辞令の賛辞続く。作業部会(WG1とWG2)の報告書をそれぞれ採択。会議公式記録者(rapporteur)によるCOP10全体会の暫定議事録案を了承。後日、今日の分を追加して正式採択することを確認。議長、通訳団に謝辞。会場から拍手。

通訳さんに感謝するのはよろしいけれど、環境大臣、横のお役人の指示通りに台本棒読みするばかりでは、波に呑まれてしまうこと分かりましたか? お役人も指示を出すときはマイクを切れよなぁ、あああ恥ずかし。

各国からの外交賛辞さらに続く。ウクライナ(中欧代表)、マラウィ(アフリカ代表)、クック諸島(アジア太平洋代表)インドネシア津波被害に言及)、会場はすでに弛緩して、席をたつ代表団多し。議長は「お静かに」と制するが、あまり効果なし。

サウジアラビア(アラブ代表)、アルゼンチン(GRUAC代表)、スイスに続き、ILC代表としてIIFB(生物多様性に関する国際先住民族フォーラム)のJason Panさん(台湾原住民族)が声明読み上げ。内容はだいぶ前にツイート【】した通り。

#COP10 IIFBの声明の最後は、沖縄で軍事基地建設による生物多様性の破壊が進んでいることへの懸念表明。2時20分頃よみおわる。声明テキストは http://iifb.indigenousportal.com 参照。

ごめんなさい、まだアップされてないようですが、たぶん明日までには掲載されると思いまっす! @ngalyak [..]声明テキストは http://iifb.indigenousportal.com 参照[..]
【11月2日追記: アップされました → http://bit.ly/iifb1030

#COP10 ILC(IIFB)の後も、締約国の賛辞発言つづく。ベリーズ、インド、韓国、ニュージーランド(ABS交渉で女性ネゴシエーターの国際グループが形成され継続していくことを紹介)、ABS交渉の共同議長(カナダ Timothy Hodges、コロンビア Fernando Casas両氏)へ議長団と会場から拍手。

ネパール発言のあと、NGOユースが発言(皆さんよい約束をした、ぜひ実行を!)。さらに外交辞令の山と握手と抱擁、ジョグラフCBD事務局長の長広舌 ── 26時59分、#COP10 閉会。おやすみなさい。

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 ツイート記録、以上です。

 <COP10先住民族ニュース>のサイトには、タグを外し、語句を若干訂正し、国連文書へのリンクを張ったバージョンを載せておきましたので、必要でしたらご参照ください。

 IIFB声明の日本語訳は → こちら http://bit.ly/iiFB1030


【11月2日追記】 以上、ツイート中継した最終全体会の公式映像記録は http://bit.ly/cop10fin で視聴できます。IIFBの声明読み上げは、映像の184分45秒あたりから約4分間。


2010年10月19日

【Nuke/Env】COP10で緊急記者会見



 2010年10月19日(火)名古屋国際会議場(生物多様性条約COP10の本会議場)3号館3階の国際会議室(COP10の公式記者会見がおこなわれる部屋)において、上関原発建設工事中止を求める共同記者会見(主催:Hiroshima-Kaminoseki Link および NoNukes Asia Forum)が開かれました。

 記者会見の録画は、こちらで見ることができます。 → http://bit.ly/cop10kaiken

 以下、当日、会見室よりライブ配信した連続ツイートを再録します。
(#タグは削除しました。また、誤字・誤記を修正しました。文責は、細川です。)

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 16:30 記者会見室にて「生物多様性ホットスポットを埋め立てて原発?」について、緊急記者会見が始まりました。浅海を守ることが海を守ることにつながるとCOP10で日本政府が言明している一方、浅海を埋め立てる原発建設工事が強行されようとしている。

 まず、「長島の自然を守る会」高島美登里さん。科学者とともに長年現地調査を続け、長島周辺海域がおどろくべき生物多様性の宝庫であることが判明した。日本の、というレベルではなく世界的に貴重で重要な動物の数々。生態学者たちは「奇跡の海」として注目。

 そのような生物多様性の宝庫、奇跡の海が、原発建設のためにまさに埋め立てられようとしている。しかも、生物多様性をどう守り生かすかを話し合うCOP10が開催されている時期に工事が強行されようとしていることを、世界の方々に知っていただきたい。以上、高島さん。

 次に、日本鳥学会の西海(にしうみ)功さん。カンムリウミスズメ、オオミズナギドリ、カンムリカラスなど、絶滅危惧種の存在の意義について。生態学会、ベントス学会などと調査情報を共有し、この水域の保全上の重要性を確信。浅海を守ることが、海全体を守ることというのが今日の科学的認識。

 発電所建設にあたって、事前調査はまったく不十分。アセスメントのやりなおしが必要。以上、西海さん。【参考:朝日新聞2010年1月12日の記事

 3番目、広島市民の湯浅正惠さん。ヘラルドトリビューン紙に上関原発建設工事の中止を求める意見広告を載せるプロジェクトを始めたら、たちまち100人以上の人から賛同があった。

 最終的には500人以上の人が賛同して寄付金を寄せてくれた。10月18日のアジア太平洋版の第3面(国際面)の下3分の1のスペースに、目立つ意見広告を載せることができた。もう掲載できたので、お金を送るなと言っても、寄付はいまでも次々と入金されてくるので、来週のCOP10閣僚協議にむけて、もう1回、意見広告を掲載することにした。【追記: 10月26日のJapan Times 第3面に掲載された。】

 COP10むけに工事中止を求める共同声明を呼びかけたところ、世界からたちまち293団体から賛同の声が寄せられた【会見で配布した資料には「239団体」とあるが、これは間違い。】。これだけの危機感があることをあらためて意識させられた。

 4人目、東京・高尾山を守る活動にとりくむ坂田昌子さん(虔十の会代表)。COP10開催中に「奇跡の海」をつぶす工事が始まるという事実に衝撃を受ける。このような工事を追認したら、日本政府の生物多様性保全への取り組みの信頼性が大きく損なわれる。

 若い人のあいだでも危機感が出ている。豊かな海がなくなる時代で自分たちは豊に生きられるのか? 今日ここには、上関・祝島からCOP10会場まで1ヶ月半かけて歩いて来て、そして今は会場隣りで抗議のハンスト(4日め)をしている若者も来ている。それほどの危機感を抱く人がけして少なくないことを電力会社も政府も認識すべきだ。

 朝日新聞記者から質問、共同声明に賛同した海外団体の数の確認。239ではなく正しくは293、14ヶ国。17時に会見終了、ロビーに出て、共同通信、Japan Times、その他のメディアからの取材あり。

 会見の司会は、こうちまきおさん、通訳はアイリーン美穂子スミスさん。湯浅さんは英語で話した。

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 ほんまに緊急というか性急に設定した記者会見だったので、30人ほどの参加(うち半分くらいは関係者)、メディアは6社くらい。海外メディアは2社かな? でも、ここからじわじわと拡散していくことを期待。みなさま、ごくろうさま! /連続ツイートおしまい

 記者会見場の確保にご尽力くださったCBD市民ネットのメディア担当 今井麻希子さん、そして、会見時間の調整や録画の手配などにご尽力くださった生物多様性条約事務局(SCBD)のインフォメーションオフィサー David Ainsworth さんにあらためて御礼もうしあげます。



2010年10月11日

【Indig/Env】生物多様性条約COP10(名古屋会議)での先住民族の主張


『先住民族の10News167号(2010911日刊行)に掲載した拙稿とその続篇(10月上旬刊行予定の同誌168号に掲載)にハイパーリンクをつけ、かつ若干の字句修正のうえ、掲載します。


連載「生物多様性と先住民族」

13回 CBD交渉の土俵での先住民族の主張(その1)

14回 CBD交渉の土俵での先住民族の主張(その2)


 著者: 細川弘明

 掲載誌目次 →  刊行年月順 ・ 記事分類別

 刊行者: 先住民族の10年市民連絡会


●内容としては、同連載・12回「ABSの正当性と公平性への懸念の続きにあたります。

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 本連載では「生物多様性条約(CBD)で先住民族の権利や生存環境を守れるか」という問いに対し、いくつかの角度から否定的な見方を述べてきた。しかし、CBDが先住民族にとって意味が無いと主張したいのではない。ましてや、先住民族がCBDの交渉過程に参加する意義を否定したいわけでもない。今回は「先住民族はCBDに向けて何を主張しているか」という別の問いを立て、粗々ながら状況分析を試みたい。


 ただし、条約交渉の場面で「先住民族代表」の述べることが生物多様性について先住民族の価値観における最優先事項であるとは限らない、という点は、いちおう弁えておきたい。CBDは国際条約の常として、複雑多岐な交渉枠組みと手続きに満ちており、そこで何らかの果実を得ようとすればその枠組みのルールを熟知して効果的に参加していくしかない。議題や論点は、以前からの交渉の積み重ねによって文脈がかっちりできあがってしまっている。国際条約交渉というのは、良かれ悪しかれそういうものであり、これを無視して言い張っても得るものは無い。


 条約事務局はCBD前文にある「先住民族共同体およびローカル共同体(Indigenous and local communities ILC)」【註1】という括りをそのままブロック(交渉当事者単位)として扱うため、CBD交渉に有効に参加するためには先住民族の諸主体もその土俵に乗らざるをえないという現実の制約がある。具体的には、しかるべき作業部会において、それまでの合意事項と関連づけながら意見や提案を出す、という手続きの繰り返しになる。


 以下、本稿でも、CBD交渉におけるIIFB【註2】という先住民族ブロックの主張の一端を紹介するが、それが生物多様性について先住民族の言いたいことの全てというわけではない。


■交渉にのぞむ先住民族ブロック


 IIFBは恒常的な組織体というよりは、国連のさまざまな交渉の場(人権理事会であったり、気候変動枠組条約であったり、国連食糧農業機関FAOであったり)に参加してきた各地の先住民族諸団体が、CBD交渉の場面においてかぶる帽子のような役割を果たす。その役割は多々あるが、筆者の見るところ、特に重要なのは:


  • CBD交渉のすべての作業部会や予備交渉に正式な出席者を送り込む(すなわち、正当な交渉当事者としての先住民族の地位を確保する)こと
  • 交渉の多面的な進行状況について先住民族当事者が情報を共有し、交渉への有効なインプットにむけた戦略を共有すること
  • 多様な先住諸民族とそれらを支援する多様なNGOとの関係を円滑に調整するためのプラットフォームを提供すること


の3点であろう。


 この10月に名古屋でひらかれるCBD締約国会議(COP)およびカルタヘナ議定書締約国会議(MOP)【註3】は、実質的にはすでに昨年のボン会議直後から準備交渉が始まっている。条約と議定書の主要な分野ごとに作業部会やワークショップなどが世界各地で断続的に開かれ、手分けして準備が進んでいるのだ。IIFBはそのほとんどに代表者を送り込んでいる。


 とりわけ重要だったのが、昨年11月カナダ・モントリオールでの8j項関連自由部会(WG8J-6)、今年3月にコロンビアのカリ市で開かれたABS議定書の準備交渉(ABS-9)【註4】、5月にケニアのナイロビで開かれた科学委員会(SBSTTA-14)【註5】だろう。また、ちょうど本誌が刊行される頃にモントリオールで開かれる予定のカルタヘナ議定書遵守委員会、そして9月後半にはCBD事務局主催でILC交渉者会議が同じくモントリオールで開かれる。


8j10cは空念仏か


 これら一連の交渉場面でIIFBが強く懸念しているのは、CBD8j項と第10c項が条約運用の実質(たとえば議定書の運用規則の遵守状況、数値目標、成果の評価手法など)に反映されないのではないかということである。


 8jは先住民族らの伝統知識の伝統外使用にあたって先住民族らの同意と公平な利益配分を求めた条項、10cは生物資源の伝統的使用を文化慣習として尊重することを定めた条項である。先住民族らの知識と実践の重要性は、条約前文においても特記され、いわばCBDの基本精神の一環なのであるが、これまでの交渉経過では、お題目レベルでの確認のみで、この精神を実際のルールにどう反映させていくかという踏み込んだ議論は巧妙に避けられてきた。


 今年5月に条約事務局が改訂発行した『地球の生物多様性展望』第3版においても、先住民族(その文化、知識)への言及は、もっぱら抽象的・理念的なものに留まり【註6】、それらを具体的にどう保障し(あるいは損なわれた場合はどう補償し)、その実行状況をどのような手法で評価するべきかといった実践的な提案や問題提起は見られない。


 ABSの法的拘束力をめぐって鋭く対立している先進国と途上国であるが、先住民族らの伝統知識保護の具体策については各締約国の国内法措置に委ねようという点で奇妙に一致している。この点をIIFBは、意思決定からの先住民族排除につながりかねないと見て、厳しく批判する。


 名古屋会議の焦点は何と言ってもABS議定書であるが、もうひとつの大きな焦点は、生物多様性2010年目標の達成度評価と2010年以降の目標について合意することである。そのポスト2010目標については議長国である日本が原案を出すことになっているが、伝統知識保護に関するその素案(個別目標G)を見て呆れた。保護の達成度をABSについての国内法措置を策定した国の数で測ろうというのである。


 これに対してIIFBは、前述のナイロビ会議で、先住民族らが暮らす地域での土地利用変化の動向と居住実態の把握によって評価すべきだと提案している【註7】。どういう法律ができたか云々ではなく、実際に先住民族地区で先住民族が暮らし続けることができているか、そこでの土地利用の変化が急激に進んでいないかどうかをチェックすべきだということである。居住権や土地管理権の保障が生物多様性を守るという発想に立っていることが分かる。


 先住民族は、CBDを単なる技術的な環境条約として精緻化させるだけでは生物多様性を守ることができないとの観点から、人権と社会的公正に関する条約としての側面をより重視し、新議定書や新目標設定において、国連憲章、国際人権規約、先住民族の諸権利宣言との整合性を明確にすることを求めているのである。


【註1】local communitiesを「地方共同体」と直訳してしまうと色々な意味で語弊がある。ここではlocalというのが国家構造の末端組織としての地方自治体とは異なるニュアンスであることを指摘するに留めたい。本連載で「先住民族ら」と書くときはCBDの文脈でいうILCを念頭においている。


【註2】 International Indigenous Forum on
Biodiversity
(生物多様性に関する国際先住民族フォーラム)。名古屋では市民外交センターがIIFBのローカルホストとなって支援する。


【註3】カルタヘナ議定書と生物多様性条約(CBD)の関係は、京都議定書と気候変動枠組条約(FCCC)の関係と同様である。名古屋会議は第10回のCBD締約国会議だが、議定書締約国会議としては5回目なので、COP10/MOP5と表記される。


【註4】名古屋での合意・採択が期待されている第二議定書(ABS議定書)については、本連載812を参照。ABSは「生物資源へのアクセスと利益配分」(access and benefit sharing)のこと。


【註5】SBSTTA(科学技術助言補助機関 Subsidiary Body on Scientific, Technical and Technological Advice)はCBD25条にもとづく組織。ナイロビ会議(SBSTTA-14では、バイオ燃料問題、森林開発問題、気候変動問題と生物多様性保全問題のリンク、伝統的知識保護の評価手法など、先住民族の存在にかかわる重要なことがらが議論された。


【註6】CBD Secretariat, 2010, Global Biodiversity Outlook 3, pp.13,19,40-41,86.


【註7】 IIFB statement: Agenda item 3.4 – Post 2010 Plan, Targets and Indicators (18 May 2010 at SBSTTA14)


 以上、167号所収(連載第13回)

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 以下、168号所収(連載第14回)


CBD交渉の土俵での先住民族の主張(その2)


 国際交渉は国内政治以上に「理念と現実のせめぎ合い」である。ましてや先住民族のように政治的地位において大きなハンデを負わされた立場で交渉に参加する者には、理念における正統/正当性を強く主張し続けると同時に、交渉手続きと小さな合意の積み重ねの流れにうまく乗りつつ、かつ「土俵に乗ること自体に要するエネルギー」ゆえに消耗しないよう、粘り強さとしたたかさが求められる。


 生物多様性条約(CBD)の場合、2008年のボン会議(COP9)以降、条約の構成(とりわけABSや伝統知識をめぐる事項)と交渉手順について先住民族の理解を深めるための地域別の研修会(capacity-building workshop)が条約事務局の主催で実施されてきた。このような研修の必要性・有効性を否定するものではないが、既定の論点整理の土俵に先住民族交渉者を招き入れるためのメカニズムであることも否めないだろう。


 あえて土俵に乗りつつ、8j10cという理念をどれだけ実質的な取り決めに反映させていくことが出来るかが、先住民族にとってCOP10にむけてのチャレンジである。


■本会議にむけての情勢


 名古屋会議(生物多様性条約COP10/MOP5)にむけた主要な表向きの準備会合はひととおり終了したが、「名古屋議定書」(ABS議定書)の草稿はいまだ合意できていない。国連交渉の定石からすれば、もう名古屋での議定書成立は無理という感もある。土壇場の膝つめ談判で成立した「京都議定書」(気候変動防止条約の第一議定書)の夢よもう一度となるか、やはり準備会合の不調が最後までひびいて成立しなかった幻の「コペンハーゲン議定書」(同条約の第二議定書)の轍を踏むのか。ちなみにABS議定書は成立すればCBDの第二議定書となる。


 名古屋会議について日本でのマスコミ報道も増えてきているが、管見の限り、その多くは「先進国vs途上国」という対立図式を強調するか、あるいは、日本発の概念であるSatoyamaを過剰に賞賛する類の、似たり寄ったりの論評に終始しているように見える。


 「里山」(そして里海)はもちろん重要なのであるが、今回COP10/MOP5での最大の焦点であるABS議定書でより重要なのは原生林とりわけ熱帯林の生物資源の扱いであり、また、オフショアでの海洋保護区設定の問題である。


 そして先進国/途上国という交渉主体以外に、「先住民族およびローカル共同体」(ILC)という非国家的な当事者が正当な交渉主体としてCBDではっきりと認知されているということは繰り返し強調しなければならない。


 上述のように、CBD交渉において世界各地の先住民族の代表は「生物多様性に関する国際先住民族フォーラム」(International Indigenous Forum on Biodiversity = IIFBという交渉団を組織し、それを条約事務局(国連環境計画)に認知させることに成功している。とくに条約第8j項に関する事柄を検討する作業部会では、IIFBから1名が共同議長として部会進行にあずかる権利が確保されていることの意味は大きい【註8】。


 国連においてNGOなど非国家当事者の果たす役割は年々増してきているが、数ある国際条約の締約国会議(COP)のなかでも、NGOの果たす役割の大きさでは、生物多様性条約と世界遺産条約が抜きんでていると言ってよいだろうし、とりわけ先住民族NGOが交渉の中核に関与しえてきたという点で前者は特筆に値する【註9】。


 その意味では、CBDやそこから派生する議定書・附属書・運用規則などの内容もさることながら、その内容について協議交渉する枠組みそれ自体が、先住民族にとってひとつの成果であり、それは、今後ほかの国際条約の交渉でも見習わせるべきモデルになるだろう【註10】。


■法的拘束力をめぐる綱引きの意味


 とは言うものの、生物多様性の保全が先住民族にとって文字通り死活問題であることを考えれば、これまで獲得してきた交渉地位などまだまだ不十分であると言わざるをえない。8jの冒頭には「国内法の定めにしたがって」という限定句があるが、これは締約国の主権を尊重するための飾り文句である以上に、国家内における集団的権利の保有者たる先住民族の主権を抑圧する殺し文句として作用してきたのではないか。


 さきほど「先進国vs途上国」という構図でのとらえ方を批判したが、もちろんそのような構図それ自体は現実として存在する。ABS議定書の法的拘束力をめぐる議論では、途上国政府が明確な拘束力の付与を求める(つまり、利益分配について、私的契約や国内法措置の次元ではない国際法としての義務度を高めようとする)のに対して、先進国政府や生物資源ビジネスロビー(製薬会社、アグリビジネス、食品加工業界など)は、個々の案件や個々の地域ごとに協定や契約で柔軟に対処すべきだと主張する(条約による規制を弱く止めようとしている)。


 この対立は、直接には「資源アクセスと利益分配」(ABS)をめぐる主導権の綱引きなのだが、実はそこに先住民族の主権の問題がかかわっている。


 途上国政府は、先進国(企業)との利益配分ルールを交渉する局面においては、条約および議定書の国際法としての拘束力を確保してみずからの国家主権を担保しようとするが、国内の先住民族が関与してくる局面については、国際法の干渉を嫌い、あくまで国内法優先による統治を徹底しようとする。要するに国家主権を優先するが故に、国際法への態度が対外と対内で捻れてくるわけである。


 先進国の側は、対途上国政府交渉では、資源利用者としてのフリーハンドを確保すべく議定書にあまり強い拘束力を付与しないよう求める。同時に先進国内にも先住民族がいるので、それに対する国際法による権利保障が企業利益の支障にならないよう、基本的には個別の協定や契約による問題解決を図ろうとする。


 国際法としてのCBDの運用において先住民族の権利をどのようにビルトインさせていくか、それを他の国際法(たとえば「国際人権規約」、「先住民族の諸権利に関する世界宣言」、現在交渉中の「ポスト京都議定書」など)による先住民族の権利保障とどのようにリンクさせていくか。歴史的なチャレンジの機会だ。


 さて、いよいよ名古屋会議本番である。COP10本会議(1018日〜29日)に先立ち、IIFBでは世界各国から先住民族組織代表が約70名が名古屋に参集し、1015日から非公開の戦略会議を開き、COP10に望む。筆者も微力ながらそのサポートに加わる予定【註11】。次号では、そこでの議論や本会議での展開やサイドイベントの様子などを報告することにしたい。


【註8】 前述のように、8j10cという生物多様性条約における2つの条項を議定書や附属書や運用規則でどれだけ実質的に反映させることができるかどうかで、この条約体制における先住民族の地位が浮沈する。


【註9】 IIFBは役割としては広義の国際NGOと見てよいと考えるが、厳密に言えば、単一の組織ではなく、世界各地の先住民族組織の代表者の合同会議(caucus)であり、国際NGOに求められるガバナンス(組織としての内部統制)とアカウンタビリティー(対外的な説明義務)という点では緩い。


【註10】 みずからも先住民族アイマラ人であるボリビア共和国のモラーレス゠アイマJuan Evo Morales Aima大統領が、気候変動枠組条約における森林交渉(REDDそのほか)での交渉主体として先住民族に正当な地位を認めるよう国連総会などで主張しているのは、まさしくこの文脈もふまえてのことであろう。


【註111015日以降、COP10先住民族ニュース」として、名古屋での国際交渉の進み具合や関連するイベントなどについて報告や分析をできるだけ多く発信していく予定。「COP10先住民族ニュース」の取材チームは、先住民族の権利ネットワーク、市民外交センター開発と権利のための行動センター先住民族の10年市民連絡会などのメンバーによって自発的・臨時に構成されるもので、取材者個々の文責で発信され、先住民族の権利ネットワークのブログページに掲載される。


※本稿執筆にあたり、国連開発計画(UNEP)および生物多様性条約事務局(SCBD)の公開文書、IIFBの公開文書、および関係者から提供をうけた内部情報などを参考にしたが、本稿で述べられた評価や見解についての責任は筆者のみに帰する。


本連載の以前の回(第1回〜第12回)は、こちらからダウンロードできます(掲載誌ハードコピーのPDFファイル)